アーリック(ERLIC™)ミックス・クロマトグラフィ分離モードによる複数のリン酸基(1〜4-phospho)を持つリン酸化ペプチド(phosphopeptides)の同定とエンリッチメント |
ここでは以前から紹介していますアーリック(ERLIC: Electrostatic Repulsion/Hydrophilic Interaction Chromatography)イオン的反発作用/親水性相互作用ミックス・クロマトグラフィ分離モードで、複数個のリン酸基を持つトリプシン消化ペプチドを分離するデータを紹介します。アスパラギン酸とグルタミン酸配列部分が電荷を失うpH2.0では、(+)の電荷を持つトリプシン消化ペプチドの末端基が、陰イオン交換体カラムの持つ(+)のイオン交換基とのイオン的反発作用によって、カラムの空隙容積(void volume)の前に溶出されます。そして一つのリン酸基だけでは、このカラムとのイオン的反発作用を打ち消すのには不十分です。このことから通常の陰イオン交換体クロマトグラフィ・モードでは、リン酸化ペプチドを非リン酸化ペプチドから分離することはできません。しかしここで紹介しますポリワックスLP(PolyWAX LP)陰イオン交換体カラムを、親水性相互作用クロマトグラフィ(HILIC: Hydrophilic Interaction Chromatography)モードで使用しますと、(−)の電荷を持ち親水性に富むリン酸基は、そのリン酸化ペプチドが持つ末端基の(+)電荷を(−1)打ち消し、そして親水性相互作用が促進されることによって、カラムに保持されて非リン酸化ペプチドから分離ができます。このアーリック分離モードはリン酸基のみならず、ペプチドのアミノ酸配列に対しても感度が良いので、幾千ものリン酸化ペプチドを含むサンプルの、高分離能を追及するのに最適です。今回はPolyWAX LP陰イオン交換体カラムを用いて、アーリック分離モードのグラジエント溶出方法で、HeLa細胞由来のタンパク質をトリプシン酵素で消化した、7,130のペプチドのうち5,496のリン酸化ペプチド(77%)を同定しました(出典文献1.)。
図1. アーリック分離モードによるHeLa細胞由来のタンパク質をトリプシン酵素で消化したペプチドの分離及び溶出
最初の10分間に通液される100%移動相Aのアイソクラティック分離によって採取されたフラクション番号1〜6番までに、非リン酸化ペプチドはほとんど溶出してしまい、その後における移動相Bのグラジエント段階で、リン酸化ペプチドは溶出してきますので、この二種類のペプチドは容易に分離できます。挿入された拡大図は、リン酸化ペプチドが豊富な箇所です。31分に溶出している大きなピークは、メチルホスホン酸にある不純物のピークです。
図2. アーリック分離モードによる非リン酸化ペプチド/リン酸化ペプチドの分布グラフ
予測されたように非リン酸化ペプチドは、最初の5番目までのフラクションにほとんど溶出され、リン酸化ペプチドは保持された後、陰イオン交換体カラムの特性を利用したTEAP濃度を上げるグラジエント段階で溶出してきます。 図3. アーリック分離モードによって分離されたリン酸基の数によるペプチドの分布グラフ アーリック分離モードは、複数のリン酸基を持つリン酸化ペプチドも分離できます。リン酸基を1つしか持たないリン酸化ペプチドは、最初の11番目までのフラクションにほとんど溶出されます。その後のフラクションには、複数のリン酸基をもつリン酸化ペプチドが含有されます。
図4. リン酸基がついたアミノ酸(セリン、トレオニン、チロシン)の分布表及び、リン酸基の個数の分布表 興味深い結果として、今回リン酸基がついたチロシンの分布が6%となり、従来から報告されている〜2%よりも比較的高い数値となりました。これはアーリック分離モードがリン酸化ペプチドを、修飾しているリン酸基の数によって分離できるため、より多くの複数リン酸化ペプチドが分離できました。そして 3箇所以上でリン酸基を持つリン酸化ペプチドの同定を難しくしているのは、質量分析装置の問題であり、今回4箇所でリン酸基を持つリン酸化ペプチドは、8個しか同定できませんでした。
出典文献1. Electrostatic Repulsion-Hydrophilic Interaction Chromatography (ERLIC) for Specific Enrichment and Identification of Phosphopeptides: Goran Mitulovic, Andrew Alpert and Karl Mechtler, ASMS (American Society for Mass Spectrometry) 2008, Poster |