クロマトグラフィでの同時溶出による標的認識
|
生理活性分子は通常、一つもしくは幾つかの細胞タンパク質と、物質的に直接の会合をして、生物的影響を調整します。薬物と標的タンパク質のインターラクションを検出することは、薬物の活性機能と非標的効果を特徴づける基本でありますが、一般的に非ラベル化の手法を用いて、生物学的混合物からこのインターラクションを検出するアプローチは、分かりづらいままです。今回ここではトロント大学の研究グループが、TICC(Target Identification by Chromatographic Co-elution)と名付けた、クロマトグラフィでの同時溶出による標的認識方法を報告します。TICCは細胞が含有されていない細胞溶解物を、簡単な液体クロマトグラフィを用いて、生理学的状態に近いインビトロで、細胞タンパク質と薬物のインターラクションをモニタリングしました(出典文献1.)。 分取された薬物が結合しているタンパク質を、一連のショットガン的手法を用いて、相関的にプロテオーム分析を行い、標的タンパク質を認識することができます。この手法は再現性に優れており、薬物及びタンパク質に対しての固定化や誘導体化をする必要が無く、広範囲な天然物質及び合成物質に適用できます。TICCによる既知の薬物━標的タンパク質の物理的インターラクション(Kd範囲:
マイクロモルからナノモル)を検出する能力は、定性的にも定量的にも証明されました。ここでは引き続きTICCを用いて、新しい抗真菌性標的と推定される、ステロール生合成酵素Erg6pを研究しました。さらにTICCはドーパミン受容体作動薬の新規酵母菌性標的タンパク質として、遺伝子発現をおさえる際に40Sリボソーム性タンパク質の核心となるAsc1と、ストレス適合に関わるジヒドロキシアセトンキナーゼDak1を同定しました。 ここでは一つの例として、標的タンパク質のジヒドロ葉酸還元酵素(DHFR)と、薬物としてのメソトレキセート(MTX)を利用した検証を図2.で紹介します。採用したHPLCによる分画法 1は、PolyWAX LP 陰イオン交換体HPLCカラムとPolyCAT A 陽イオン交換体HPLCカラムを直列で繋げた分取方法ですが、それぞれのカラムに充填されているPolyWAX LP樹脂とPolyCAT A樹脂を、対等に50%づつ混合して充填したミックス・ベッド イオン交換体HPLCカラムを採用した分画法2の方が、再現性と分離能に優れており、別の実験では採取したフラクションの数も分画法1の36本から、分画法2の120本に大幅に増やせました。 図1. TICC法によるリガンド━タンパク質のインターラクション a. 非変性で行えるイオン交換体クロマトグラフィによる溶出プロファイルの概略図
b. 典型的な実験の流れ 薬物がインビボで投与された細胞と、インビトロで投与された細胞の溶解物で、標的とするタンパク質が溶解している抽出物を、イオン交換体クロマトグラフィで分画します。 結果上図1.a.で紹介されているTICCのアプローチは、非変性で行えるイオン交換体HPLCにおいて、同時溶出するリガンド(薬物など)と標的タンパク質の、安定した結合複合体が基本となります。一つもしくは幾つかの標的タンパク質に結合することを大前提とし、リガンドのクロマトグラフィにおける特性が、非結合のリガンドと比較して異なる溶出プロファイルの特徴を示すリガンドと標的タンパク質の結合複合体によって変えられます。それはリガンドの溶出時間が、相手タンパク質とインターラクションすることによって移動します。理論上はリガンドとして、低分子物質、薬物、天然物、代謝物、その他分画時に十分に安定していて、その後の質量分析装置で検出可能な興味ある分析物質であれば、総て潜在的に可能です。以前に非結合化合物と結合複合体を、ゲルろ過クロマトグラフィで分離しましたが、グラジエント勾配の緩い陰イオン/陽イオン交換体直列クロマトグラフィの方が、リガンドとタンパク質の非イオン的結合を乱すことが少なく、よりリガンドと標的タンパク質の結合複合体の分離に効果的です。 HPLCによる分画法1(低分離能)[図2.で採用]直列で繋いだ陰イオン交換体カラム/陽イオン交換体カラムでの分取
HPLCによる分画法2(高分離能)[ここでは実際のクロマトグラム等は掲載していません]ヘパリン・カラムをプレカラムとして、ミックス・ベッド イオン交換体カラムでの分取
図2. メソトレキセート(MTX)と第一標的物質のジヒドロ葉酸還元酵素(DHFR)との安定的なインターラクション a. 直列で繋いだ陰イオン交換体カラム/陽イオン交換体カラムによる、MTXの可変量と組み替えDHFRのTICC
画1番目: DHFRだけの時 薬物によって誘導された構造の変化は、MTX濃度の上昇に伴って、DHFRの二つの顕著なピークのうちの一つが、より大きく検出されたことで明らかです。標的物質の飽和状態は、125µMのMTX濃度で発生します。一方結合しない薬物は、過剰薬物の量に比例して、ピークが大きくなります。 b. 直列で繋いだ陰イオン交換体カラム/陽イオン交換体カラムによる、複雑な混合液で選択的DHFR-MTXの同時溶出(黒の帯グラフはDHFR、DHFR-MTX結合物質は黒丸で表示)
画1番目: 大腸菌の細胞溶解物(総タンパク量: 650µg)だけの時 他のタンパク質が存在しても、DHFRに対するMTXの特異的なインターラクションは、総てのTICCの結果からも明らかです。ただしタンパク質混合液のDHFRは、それぞれ、1%、0.1%、0.01%と比例します。 標的タンパク質のジヒドロ葉酸還元酵素(DHFR)と同時溶出するメソトレキセート(MTX)原理に関する最初の証明として、葉酸塩の競合であるMTXが、非常に親和性の高い(Kd= 4.8nM)標的酵素のDHFRと同時溶出するのをモニターしました。MTX-DHFR結合複合体は、構造活性関係においても、また生物理学的及び生物学的なデータによっても、かなり研究されている複合体です。ここでは精製された100µMの遺伝子組み換えDHFRを、MTXの非存在下とMTXが存在する量として50〜200µMと異なる条件下で、分画法1を用いてクロマトグラフィのプロファイルを比較しました(上図2.a.)。結合しない薬物は早くに溶出し、事前に証明された1対1の結合化学量論を反映して、標的物質に対して飽和状態に十分な125µM濃度でしか検出されません。結合しない薬物のピーク強度は、投与量に比例します。ところがDHFRには二つの立体構造的アイソフォームがあり、19〜23分の間に溶出する双こぶのピークとして観測されます。このDHFRにMTXが結合すると、一方のピークのみが増加し、リガンドと結合している様子がうかがえます。明らかに二つのうちの一つのアイソフォームが増加することは、それがより望まれる立体構造として、リガンド誘発で安定化した特定のMTXと結合している DHFR立体構造状態と一致します。それゆえにTICCによる同時溶出は、予想されていた溶出時間の移動である定性的特性と、標的物質の飽和加減という定量性に、完全に一致します。 複雑な混合液のジヒドロ葉酸還元酵素(DHFR)と同時溶出するメソトレキセート(MTX)TICCの特異性と感度を評価するために、類似した実験として、混合物の背景である沢山の無関係な競合タンパク質を含有する大腸菌からの抽出物中に、MTXだけとMTXとDHFRを一緒に添加して分画を行いました。今回は溶出液の時間を計ったフラクションの採取は、MTXの量をSRMで定量し、薬物と同時溶出したタンパク質の標識は、ショットガンLC-MS/MSで解析を行います。上図2.b.では全体的なタンパク質のクロマトグラムと、細胞が含有されていない細胞溶解物だけか、または25µMのDHFRが投与されただけの抽出物、50µMのMTXが投与されただけの抽出物、決められた50µMのMTXと5µM、0.5µM、0.05µMと可変する量のDHFRが投与された細胞溶解物のイオン交換体HPLCカラムによって、分画後に決定される一致したMTX濃度が表されています。多大に過剰な非特異的競合タンパク質にもかかわらず、大腸菌のタンパク質に非特異的結合薬物でないのが明らかです。ところが特異的で強固に(定量的に)DHFRと同時溶出した薬物は、低濃度の標的物質(〜0.01%全体タンパク質質量相当のDHFR)でも検出されました。結合した(溶出時間が移動した)薬物の量は、標的物質のレベルに比例しており、DHFRに関連して結合したMTXの量と直線的比例関係が表せます。高い親和性を持つ化合物はTICCによって、高い信頼性と高感度でインターラクションの特異性、標的物質の多量さ、占有率が決定されました。
|